どこに付箋したの?

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石戸諭著ルポ 百田尚樹現象: 愛国ポピュリズムの現在地
少し前に読み終わったんですが、たくさん付箋をしたので、どこの何に引っかかってこんなに付箋をしたのかを書き留めておこうと思います。
第一部 2019 モンスターの現在地
第一章 ヒーローかぺてん師か p25より

たかじんの長女と元マネージャーの男性から名誉毀損で訴えられ、いずれも敗訴している。後者の裁判では14カ所で名誉毀損が認められ、元マネージャーに対しては、一切の取材がなかったことが認定された。対立する相手への取材をせず、一方の言い分だけをもとにして「事実」であるかのように描くことは、ノンフィクションの世界では許されない。
第一部 2019 モンスターの現在地
第二章 彼らたちの0 p85より

犬はほえる、がキャラバンは進むー。有名な言葉になぞらえれば、見城の心境はこんなことだろう。
第一部 2019 モンスターの現在地
第二章 彼らたちの0 p89より

見城と百田を強固に結びつけているのは、右派的イデオロギーの共有ではない。「面白いもの」を大衆=マスに届けようとする意思である。彼らはどこまでも買ってくれる読者を信じている。
第一部 2019 モンスターの現在地
第三章 敵を知れ p92より

この手の源流は戦後を代表する文芸評論家・江藤淳にある。江藤が雑誌「諸君!」の連載を軸に記した『閉ざされた言語空間 占領軍の検閲と戦後日本』(文春文庫、94年)がWGIPの嚆矢だ。彼はその本の中でWGIPに「戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画」という訳語を与えた。最初の書籍が出たのは平成元年とある。平成の幕開けと同時に出た江藤の論は以降、今の百田に至るまで右派言論界に決定的な影響を与え、多くの論考で「現在の日本人の歴史観はGHQによる洗脳工作によって作られた」論の証拠として当然のように語られる。
第一部 2019 モンスターの現在地
第三章 敵を知れ p94より

「90年代に『自虐史観』という言葉が広がってから、WGIPも広がるようになりました、ですが、占領期の多くの史料を見るとそもそもWGIPという言葉は、GHQの一文書にしか使われていないものです」
右派論壇の中でおなじみのWGIPという言葉自体、実はGHQ内部で積極的に使われたものではなかったというのは驚きである。歴史学では、一つの史料だけに依拠せずさまざまな史料を付き合わせて、矛盾はないか、正当な記述と言えるのかどうかを徹底的に検証する。イデオロギーではなく、実証的に歴史を捉えるためのプロセスだ。
 賀茂への取材でわかったのは、右派が「洗脳説」の根拠とする文書は1948年2月に出されたもので、日本人に東條英機を賛美する動きがあることを理由に「新たな施策を行うべきだ」という勧告にすぎないものだった。さらに、彼女が解き明かした最も重要なポイントは「勧告に沿った施策は大半が実行されなかった」ことだ。
 実行していない政策の影響力というのは評価のしようがない。当時、GHQの担当者たちが重視していたことの一つが、日本軍による連合軍の捕虜虐待や、フィリピン・マニラで行なった虐殺行為を知らせることだった。「日本人は戦時のルールを逸脱する卑怯な戦争をした。GHQはそれを周知させようとしていた」と賀茂はいう。
第一部 2019 モンスターの現在地
第三章 敵を知れ p96より

歴史の中で、忘れ去られたマニラでの虐殺行為を誰よりも重視していたのは、「平成の天皇」、今の上皇だろう。16年1月26日、フィリピン出発時に発表した「おことば」で明確に触れている。
第一部 2019 モンスターの現在地
第三章 敵を知れ p97より

日本軍が「戦時のルールを逸脱していた」という論点で語られる記事や番組がどれだけあるだろうか。「WGIP洗脳説」は百歩譲って「物語」としては面白いのかもしれないが、歴史的な事実と断じるにはあまりにも根拠が薄過ぎることがわかるだろう。
と、まだ第一部の途中ですが、根拠の薄い、しかも都合のいい解釈でもってファクト(事実)を無視してフィクション(物語)にしてしまう、面白い物語として事実であるかのように伝える。この事こそがノンフィクションを冒涜しているという事に、気づいているのかいないのか、知っててやってる確信犯なのか。売れるからいいというだけでは許されない事だとボクは思います。
と、全部書き出そうと思ったけど、ほぼ全てに付箋してんじゃねぇかって感じなので、ぜひ読んでいただければと。第二章がスゴイ面白い事になってます。そしてこれを読んで『自虐史観』という言葉を知り、日本の近現代史の本を読んでいるときにNetflixで『日本のいちばん長い日』(1967年版・2015年版両方)を見て、いよいよ近現代史が面白い。この映画が公開された時も賛否があったようですが、東條英機や畑中健二を英雄視してしまう気持ちもわからなくもないですが、大前提として侵略戦争であった。そういった大前提、前提を無視した発言や思考は間違っているというか、入り口間違えてるよねって思います。そういった入り口を間違えちゃってる人に、ちゃんと入り口を示さないと出口は見えないんじゃないかなぁ。

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