このタイトルからすると、「だからテレビはダメなんだ!」と続きそうですが、書きたいことは真逆なんです。だからテレビがいいんじゃないのと。
昔テレビから無作為に流れると言っても、制作している人が無作為に作っているわけではなく、こちらの想像の及ばないところから投げかけて来たんだろうとは思うし、こちらにとっては無作為に見えるモノがよく流れていた。そんな中見た、聴いたLed ZeppelinのGood Times Bad Times
これに衝撃を受けたのは中学生の時だった。こんなロックンロールがあるのかと!
ところで今読んでいる本が、原田マハさんの『ゴッホのあしあと
』なんですが、この本、『たゆたえども沈まず
』の副読本的な内容で、たゆたえども沈まずは読んでいないので、ありゃりゃやっちまったなと思いながらも、小説を書くにあたりパリからアルル、サン=レミ、オーヴェル=シュル=オワーズとそのゴッホの軌跡を辿りどういう心情だったのかを確かめつつ巡っている模様が書かれている。順番が前後するけど、『たゆたえども沈まず』も読むことになるだろうね。で、この原田マハさんを知ったのは書店で目に入って来た『あなたは、誰かの大切な人
』が最初だった。書店で特にこの本を探す目的ではなく、なんとなく目に入ってきて気になって買ったらアタリだった。
テレビや書店、ラジオもそうだけど、目的じゃないものが飛び込んでくる。しかしネットの世界、webやSNSは検索しなければ飛び込んでこない。ニュースやまとめサイトなんかでは飛び込んでくることもあるが、基本的に検索しないと出てこない。こちら側が能動的になって初めて周りが動き出す。しかしその動き出した世界は関連するものばかりで突拍子も無いものはオススメされない。Amazonなんかで、あるアーティストを検索してCDを買うと、関連商品として同じアーティストの別の作品を薦めてきたり、タイトルが似たものをオススメされる。なんだったら持っているものをまた薦められたり。そこに突拍子はない。SNSでも同じ趣味趣向のフォロワーばかりになってしまっては、その考えは無かったは!というような突拍子もないモノにはなかなか出会えない。
だからテレビはスゴイ。考えの及ばないところから、なんだったら見たくも聞きたくも無い情報までも流れてくる。ネットの世界ではいくらAIが発達しようとも、突拍子のないモノはオススメされない。ネコの動画ばかり見てて、関連動画にバイクの動画は上がってこない。ギターの動画ばかり見ててもベースやドラムの動画は上がって来づらい。しかしギターの動画だけでなく、ベースやドラムのリズム隊の動画を流しながらリフの練習をするということまで考えが及んでいないのだ。ヒドイのは保阪正康さんの動画を探して見てたら、広告がビジネス右翼の広告ばかり流れるようになったり。真逆だろ!と。しかしYouTubeの広告はヒドイのが多いけど、広告の審査してんのかな。詐欺くさいサプリの広告とかダイエット系とかビジネス右翼ものとか。Amazonなんかはそんな同じものたくさんいらないよというモノをオススメしてくるし。
でだ、上記の動画、もうすぐ400本を迎えるが、総再生数は500回くらいなもんです。誰にもどこにも需要がない、そこがいいんじゃないの。ゴッホじゃないけれど生前理解されず、死後売れたなんてこれはさすがにならんだろうが、そういう無駄が心の余裕に繋がるんだとボクは思っている。そもそもデザインってなくてもいいのに存在するのは、その無駄を愛でる心の余裕のキャパシティの表れだとも思っているから。