オリジナルコンテンツとは

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なんか始まったけど、少し整理して考えて見たら、それはとてもダサいなと思ったので、何がダサいのかってことを書いておく。

新たなチャンネルというか、プラットフォームを立ち上げて、独自のコンテンツで勝負すると言ったそばから、他のプラットフォームへソフトの供給をしてるのは、あまりにダサくないですか?それだと、評判がいいのだけ他のプラットフォームでつまみ食いすればいいやって思って、独自のプラットフォームへ加入するってことが減ると思うんだけど。

別のジャンルで考えると分かりやすいので、ゲーム業界で置き換えてみる。
独自のプラットフォーム=新ハード(PS5とかSwitch2)
コンテンツ=ソフト(GOST OF YOTEIとかスプラトゥーン3、マリオなど)

独自のプラットフォーム(ハード)でてって言ってたのに、そのコンテンツ(ソフト)を他のプラットフォームで出したら、そもそもそのプラットフォームに入ってまで買ってやならないよね。つまりPS5でスプラトゥーン3やマリオシリーズができるのであれば、Switch2を手に入れてまでしてソフトを遊ばないよねって話。元々持ってたハードで出るってなれば、新たに出たハードを買ってまでそのソフトやらないよ。

ボクは幸にしてSwitch2を手に入れることができたので、Switch2でGOHST OF YOTEIができるってなれば、PS5は買わないし。なんでそんな簡単なこともわからないのだろうか。ハードを準備したんなら、そのハードを売るためのソフトを充実させればいいのに、そのソフトをあちこちのハードでできるようになんてしたら、ソフトは伸びるかもしれないけど、ハードは置いていかれるよね?

今入っているサブスクは古い順に、Amazonプライムビデオ、Netflix、U-NEXT、Hulu、Disney+なんだけど、その入った理由は、そこでしか観れないモノが観たかったからで、なんだNetflixでも観れるのかとなったら他のは入らないし。単品でこの値段かよ、じゃそのプラットフォームに入った方が得かと言うほど充実したコンテンツがあるわけでも無いので、結果やっぱり入らないし、様子見するし。で聞こえてくる噂はといったら、ほとんどなにも話題になってないから、やっぱり入らないし。

まぁ吐いた唾あんな飲み方するのはホントにダサいのでってのが一番大きなガッカリポイントで、もういいかって冷めちゃうよね。

予言の書

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新しいプラットフォーム?それはとても厳しいのではなかろうかとボクは思っている。

新しいプラットフォームと聞いて思い浮かぶのは、山手線に出来た高輪ゲートウェイ駅だ。2020年3月に開業しているんだが、出来て約5年も経つが、ボクは一度も降りたことがない。それが新しいプラットフォームという現状だ。近隣の人は利用しているだろうけど、多くの人にとって不要とまでは言わないが、使わない駅の一つだろう。

ちなみにwiki情報ですが、近隣駅の乗車人数は
田町駅      119,356人
高輪ゲートウェイ 11,110人
品川駅      274,221人

あるサイトの試算では、月額1,000円で、登録者100万人であれば、月に10億の売り上げになると。確かにあり得そうな試算ではあるが、その閉じられた世界に古くからのファンは喜ぶだろうが、新たなファンの取り込みは厳しいだろう。そもそも新たなファンを獲得する気が無く、古いファンへのサービスならまだしも。

また何故新たなプラットフォームが厳しいかと問われれば、答えは簡単である。敵はこれまでに有るサービス全てがライバルになるからだ。YouTubeは勿論のこと、Netflix、U-NEXT、Hulu、Amazon primeVideo、DAZN、DMM TV、ディズニープラス、Abema、ニコニコ動画、FODや、Leminoなどなど、当然そこには復帰したがっていたテレビも含まれる。ここに挙げた動画配信サービスの内、あなたはいくつ加入していますか?そもそもいくつ知っていますか?利用したことがありますか?その利用しているサービスへの加入の決め手は何だったんですか?

ちなみにボクが加入しているのはNetflix、アマプラ、Hulu、U-NEXTだ。あれだけSTAR WARS好きでありながら、ディズニープラスにすら加入していないのだ。それだけ配信サービスへの加入は好きだけでは重い腰は上がらない。

まず既存のサービスのハード面から考えてみると、既存のサービス以上の利便性がなくては決め手になり得ない。このインフラの整備は膨大な時間と費用を要する。PCで視聴でき、スマホでも利用でき、なんだったらスマートテレビでも視聴ができたり、ということはですよ、iPhoneやアンドロイドへの視聴アプリの開発が必須で、おまけにPS4やSwitchでも視聴ができればなおよし。お気に入りや、リマインダー、視聴遍歴からの視聴者へのオススメの振り分けなど。新たなプラットフォーム作るということはそういうハード面だけを考えてもその管理費や固定費が莫大にかかる。そういう大海原へ漕ぎ出す訳だから、当然相応の対応の労力と、費用は必須である。

ハード面だけ考えてもこれだけのハードルがある。水面下で進めているとの噂レベルの話も耳に入ってきてはいるが、吉本がこれまで手がけてきた動画配信サービスで生き残っているモノって無いに等しい。名前や形を変えて残ってはきているが、数年でだいたい無くなっている。CSのファンダンゴしかり、ひかり荘しかり、Kawaiian TVなども結果的に長続きしていない。今はBSよしもとがあるが、その世間的な認知はゼロに近いだろう。そしてなにより決定的に利便性が無い。

新たなプラットフォームとなるとそれ相応のプロモーションが必須になるだろう。Netflixは、各駅のデジタルサイネージ全てにイカゲーム2の広告を出稿するくらいは当たり前に広告費をかけてくる。それが一体いくらかかるのかは知りませんが、相当な額であることは間違いない。月に10億売り上げてても、そこまでプロモーションにお金は裂けないだろう。

安くで(70万円)プロモーションしてくれるメルチュの折田楓さんに頼んでなんとかできればいいんだけどね。それすらももうみんな忘れてるんじゃないかな?

そう云ったハード面での大海原へ漕ぎ出すことが大前提で、松本さんのネームバリューを使ったところで、その荒波を越えるのは至難の業であるのは容易に想像がつく。

次はソフト面だ。他の動画配信サービスでのソフト、コンテンツは既存の映画やドラマから、オリジナルのものまで多種多様で、同じサービスの中にも、アニメやドラマ、映画やドキュメンタリーなど多種多様なジャンルが溢れている。当然ダウンタウンチャンネルにもそのような多種多様なジャンルを期待したいが、多種多様な要望に応えるのは厳しいだろう。飽きられないように、あらゆるジャンルを網羅してコンテンツ構築しているライバルに、どう打ち勝つ算段があるのだろうか。

さまざまな権利をクリアして、過去の番組のアーカイブを用意したりもするだろうけど、それもタダではないし、ややこしいことを言ってくる事務所も出てくるだろうし、いくら過去に共演しているとはいえ、疑惑の晴れていない人との過去の共演映像だとしてもOKを出したく無い人がいても不思議では無い。

またライバルは何も国内だけに止まらない。NetflixやAmazon primeVideoはグローバル市場で、対応言語も多種多様だ。そこに勝負を挑むことになるので、当然オリジナルコンテンツにしても翻訳作業は必須だ。

そこでフと気になって調べてみたが、以前松本人志監督の『大日本人』がハリウッドでリメイクというニュースを見た覚えがあり、ググってみれば2011年にナタリーの記事になっているが、その後の続報は無く、制作もされていないようだ。そんな状況でグローバルな勝負に勝算はあるのだろうか。

また既存のプラットフォームを利用した番組作りで、地上波並みにお金をかけてやっていくぞと立ち上げたものの、結果続いていないコンテンツもある。雨上がり決死隊の宮迫さんと、オリエンタルラジオの中田敦彦さんがやってたWin Win Winだ。まだ2年前に更新が途切れてるだけだが、もう記憶に残っている人の方が少ないだろう。

それくらいの大海原というかレッドオーシャンの市場に参入して、時代に対応しきれなかった人が、レッドオーシャンの中から未開拓の市場、ブルーオーシャンを見つけ出すことが果たしてできるのか?甚だ疑問でしかないが。

と中田のあっちゃんばりの提言でした。

しかしながら、まだ船出前にこれほど書かせるということは、それだけ期待半分、魅力もある証拠だと思っているので、ぜひ泥舟だろうが飛び乗ってみたい気は満々なんだけどね。つまり、期待している。CGやタイトルロゴ、キャラクターなんかが必要であれば是非やらせていただきたい。ギャラは半分に折った1万円でOKです。

しかし、期待というのはお節介みたいなもんで、期待する方がバカなんだよね。

ハラスメントという概念

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それはもう概念である。概念がなんたるかを説明すると、禅問答の様な、哲学的な話になってしまうので、あえて説明を省くが、それはもう概念なのである。

ある概念を得た時に、それまでの行動を概念に照らし合わせた時、理解できない、理解が追いつかない人も当然いる。しかし一度概念を理解できれば、それは当たり前になる。

日常的で分かりやすい行動で説明すると、交通系ICカードでタッチすれば改札を通れるという概念での説明が分かりやすい。交通系ICカードが登場するまでは、切符を買って自動改札に通していた。それ以前は駅員が切っていたが、交通系ICが登場して相互乗り入れが可能になった2013年頃では、もう誰も疑うことなくッピっとして自動改札を通っている。登場時、Suicaは2001年登場したが、普及するには時間がかかって2007年にPASMOとの相互乗り入れが可能になった頃には大体の人が理解した。交通系ICという概念が生まれた時は、それを理解するのに勘のいい人はスグに理解して、その便利さに気づき利用する。しかし普段電車やバスを利用しない人は理解するまでに時間がかかるし、多くの人が利用してからでないとその利用方法がわからない人もいる。

概念とは、理解できればあたりまえだが、理解できなかったり、必要のない人にはなんのことかさっぱりわからないものなのだ。

ここで話を戻して、ハラスメントという概念について考えると、ハラスメントというのは概念だというのが理解できるだろう。つまり、これまではOKだったけど、今の時代はダメだよねという概念の総称がハラスメントの正体だ。ハラスメントにはたくさんの種類があるので、ひとつひとつ細かく説明することは省くが、ハラスメントが概念だということを理解できないと、ハラスメントをしてしまう側になりかねないので注意が必要だ。

例えば、
「今日この後メシでもどう?」
もハラスメントと言われかねない言葉であるが、それは相手との関係性でも変わってくる。ここは線引きが非常に難しいが、
「今日この後メシでもどう?あ、これもハラスメントになるかな?」
はハラスメントになる。何がハラスメントになるかというのは、『ハラスメントになるかな?』がもうハラスメントなのだ。同意を強要してると取られかねないからだ。

だとしたらもう何も言えなくなる!という人も多いが、何も言わなければハラスメントは起こらないかと言うとそうとも限らない。無言の圧力というハラスメントだ。

なぜこうもボクがハラスメントについて書いてるのかと問われれば、原田専門家、略してハラセン、ハラスメント専門家だからだ!つってな。

今回の松本さんの問題で思うのは、ボクはハラスメントや、性加害という概念が理解できていないから、初動を間違ったんだと先日も書いたが、受け取り側が加害を受けたと言えば、どんな状況であれ、それはもう加害になる。しかしそれを逆手に取る輩もいるというのも現実だが、感情論で脊髄反射的に考えずに反論してしまっては火に油である。間違いがあったのか無かったのか、数年前で記憶もはっきりしませんが、被害を受けたと思わせてしまったことは申し訳なかったと謝罪しなければならなかったと思います。それで世間が許すかどうかは別問題で、当人の心のケアを第一にしなければならなかったなと、これは何もこの問題だけに限らずに、全ての人が日々の行動を戒めなければいけないと思います。

もうひとつこの件に付け加えるとするならば、活字になった時に、言葉のニュアンスが不明瞭になるから、そういう言い方じゃなかったのに、キツく捉えられてしまったり、冗談(許されない冗談だとしても)のつもりでの発言も、やはり活字になった場合は、受取手の受け取り方が変わってしまうので、文春に書かれていた言葉のニュアンスがどうだったのかは、読者には読み取りきれないし、そこは記事を書いた記者の気持ちもあるわけなので、フラットでは無い。

また、言葉を扱う仕事なので、言葉については自信があったと、それこそ言葉選びに対しては自負があったんだと思いますが、自負って、自分が負けるって書くんだよなぁ。
つまり自負した時点で負けは決まっているのだ!

どうあれボクは初動のミスで大変なことになったなと思ってて、出方を間違わなければとも思うけど、そう出来なかったと言うことは、時代を読めていなかったんだと思います。時代をリードしてきただけに、次の時代もリードできると自惚れがあったのか、持ち上げられてたのか、周りが違った方へ舵を向けていたのか、その全てなのか分かりませんが、次の時代というか、これからの時代をリードする人が出てくるのかと言われると、もうそういう誰がリードするっていう時代でも無くなってると思いますね。カリスマ不在の時代というか、カリスマ不要の時代になってきてるんだと。

日曜劇場のさよマエ、これドライブマイカー的な展開に期待してるよ!今日2話目だね。

そうそう、忘れてた、中野ブロードウェイのタコシェって特殊本屋に、空想彼女毒本を納品してるんだけど、それが先日完売したって連絡が来て、追加で納品してきたので、ぜひ手にとってね!

『ハラヘリのウタ』ミニアルバム6曲入り!各種配信サイトで絶賛配信中ですので、聴いてね。配信から4月経って、配信の売り上げが出たんですが、これで夢の印税生活や!と思ってたんですが、700円でしたわ。新曲もポツポツ覚書があるので、またまとめて作らなくちゃな。

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読んでいれば変わったと思う?

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今、世間的な話題にも関わらず、まだわからないという事にして明言を避けている事件?事象がある。それはもう昔のことなので、と片付けられるものではない。それによって傷ついた人がいるのは事実なのだから。そんな中、今読んでいる本に、その初動の取り方の重要性に気付かされることがあったので、引用しておきたいと思う。自分もいつそういう場面に遭遇するかわからないから。そして5月に発表になる文學界の新人賞に応募した小説は、そんな時代の先を描いた小説なんですが、結果はどうあれ早く公にしたいな。(ちなみに空想彼女毒本を元に書いていますのでお楽しみに!)
以下、武田砂鉄著『なんかいやな感じ』より引用

昔、こんなことをやっていた、こんなことを話していた、というのは、どこまで自分のものとして問われるべきなのだろう。決まったルールはないし、立場によっても異なる。それなりの立場にある人が、かつてのイジメ経験を再度問われる。差別的な言動を蒸し返される。それは今の話ではないでしょうと擁護する人もでてくるが、その話について、今、どう思っているのかという問いは常に浮上しうる。黒歴史としてしまっておいたものであっても、それが今、浮上したのであれば、今、答える必要がでてくる。問いかけるほうが、「あの時にあんなことやってた奴」ではなく、「あんなことやってたのを、今、どう思っているか」を徹底していればいいが、「あんなことやってた奴」を掘り起こすだけでおわてしまっているケースも多い。それでも、指摘されたほうは、「今、こう思っています」をしっかり伝えなければいけない。それをしないと、大雑把な言葉が飛び交い続ける。キャンセルカルチャーという言葉が行使される範囲はまだ曖昧だが、広めにとっておいて、なんでもそれってことにしてしまおうとする動きは加速している。
 やってはいけないことをやっていた事実は、いつまでだったら許されるのか、そんな議論が定期的に起きている。議論というか、範囲の設定が望まれている。ハラスメントの議論でも、どこまでだったら許されるのか、という問いかけが頻繁に浮上する。許容される範囲をめぐる話はこれからも頻繁に繰り返されていくのだろう。
「なんかほら、こういう世の中だから、マジでもうぶっちゃけたこと、何も言えないくなっちゃったよね」という、昔のテレビマン的な愚痴が方々で飛ぶ。「今だから決して許されないことだけど」という前置きを必要とする事象が積み上がっていく。それを「自由度」に変換し、ったく、今は自由がないよね、あの頃は自由だったよね、と定番の愚痴にする。結果、過去がいたずらに礼賛される。しかし、過去は自分の都合で加工できる。たとえ、あの時、許されていたものでも、本当は許されるべきではなかったのかもしれない。自分なりに強引に肯定した状態で記憶されているだけかもしれないのだ。

松本人志さんの性加害報道での初動は、完全に間違っていると思う。吉本興業の初動も。過去にそういう飲み会があった。そういう飲み会で男女の仲になったこともあった。しかし同意の上でのことだと思っていたが、強制的に感じていたというのであれば、それは誠に申し訳ないことをしたと謝罪しなければならない。言葉や行動は受け取った側が加害と感じれば、それはまごうことなき加害なのだから。いくら当時お酒の場であろうとも、どういうノリだったのかも関係なく、そう思われたのであれば加害に変わりはない。時間も経って非常に苦しい時間を過ごしてきたことを申し訳なく思い、誠心誠意謝罪をするのが筋だろう。

そして吉本の対応もこれまた間違っていると思うのは、本人にどういうヒヤリングをしたのか知りませんが、訴えると言ったかと思えば、裁判は個人でするって、どういう立場なんだよ。守る気ないのか、守れないと思ったのか、言ってることがブレている感じから、おそらく、松本さんに対して何も言える人が居なく、ホントに裸の王様にしてしまったんだろう。

報道によって笑ったことがないとか、もう笑えないとかそれはまた別問題で、笑えなくなった人はいるだろうが、過去に笑わせてもらった事実は揺るがない。しっかり反省というか時代を捉えて、考えを改めて出直して欲しいと心底思います。とはいえ時代に対応できない、アップデートできなければ、中古屋にいつまでも売れずに埃が被った状態になってしまうけど、それすらも、面白がって拾ってくれる人は必ず居るので、どういう形になるかわからないけど、創作や、発表はし続けて欲しいと思いますが、まぁテレビには戻ってこれないでしょうね。ただ爆笑問題の太田さんが言ったように、1番笑いの隣にいるってのは確かだと思うけど、そうとう難しい問題だよね。だってそこには被害者がいるんだから。それでなんでも笑いにしたらいいのか?というそれすらも過去の文化になってしまってて、今はそういう時代じゃないとも思うし。笑いにできなくても、笑顔にできればいいね。

この本は昨年23年9月に出ているので、これ読んでたら初動を間違わずに済んだだろうし、そもそもここに書かれているのはあの小山田圭吾問題のことだから、そこから何も学んでいなかったのかなとさえ思うし。小山田圭吾問題の時はワイドナショーやってたから、なんて言うてたんかな?

こういった問題の根本は何かと考えた時、あまりにも謝れない人が増えすぎたと思う。勇ましいことを言ってリーダーシップを気取るあまり、自分の非を認められない症候群というか、単に謝れない人が多すぎる。タレントに限らず、特に自民党や維新の政治家は特にそうで、あいつら謝ることをしないよね。それがリーダーシップと勘違いしてるというか、勇ましく断定を強いてくる。
右向け右!と号令をかけてくれた方が、右向けばいいんだと考えなくて楽なんだけど、まてまて。なんで右向くの?って普通疑問に思わない?ホントに右でいいのか?と疑いを持たないかね。そもそも右左の2択?上も下もあるじゃんって考えないの?勝手に選択肢を用意されて、しかも強制的に決められてる事に気づかなくちゃ。
これは歴史修正主義や、自虐史観だと言ってる人の、言い分と全く同じだよね。虐殺は無かったとか。いやあったんだからちゃんと謝れよ、そして2度と起こらないように、歴史に刻んで学んで、戒め続けなければダメじゃん。それを無かったとかと言うのは間違ってるよね。その構造がそのまま初動に表れてると思うんだ。つまり右傾化しているし、完全に統一教会の言いなりなんだよね、新しい教科書を作る会からそれは始まっているとボクは思うけど、あの頃からず〜っと茹でガエルにされてるんだよホントに。と思いますね。

さよマエ面白いよね。夫婦仲っと親子の仲と、優しくしてくれた人が実はな感じが、どうなっていくのかな。

『ハラヘリのウタ』ミニアルバム6曲入り!各種配信サイトで絶賛配信中ですので、聴いてね。配信から4月経って、配信の売り上げが出たんですが、これで夢の印税生活や!と思ってたんですが、700円でしたわ。新曲もポツポツ覚書があるので、またまとめて作らなくちゃな。

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