映画『迷子の拳』覚悟と覚醒がスゴイ


この映画、すごいドキュメンタリー映画なんです。”すごい”が何にかかっているかというとドキュメンタリーにも、映画にも、そしてこの映画が撮っているラウェイという格闘技にも。
ラウェイとはミャンマーのキックボクシングにも似た、頭突きも肘鉄も膝蹴りも、金的も故意でなければ有効打になるという、本当に何でもアリの格闘技。しかもグローブは無しでバンテージのみ。ボクシングだったらグローブの下に、拳を守るためにテーピングでぐるぐる巻きにしているそのバンテージのみで殴り蹴り合う。
肘も膝も入る世界一過激な格闘技ラウェイ。伝え方として過激なと紹介されることが多いと映画の中でも言っていますが、それだけがウリの格闘技ではなく、純粋に強さを追求するあまり、ピュアすぎてしまうんです戦うことに。
日本でそんな一見過激な格闘技をする人っていうのは、キックボクシングや総合格闘技で結果が出せずに、ラウェイで再起を図る、図ろうとするいわば落ちぶれてやってくる人ばかりなんですが、ラウェイを続けるうちに気がつくんです。そんな落ちぶれてやってこれるようなリングじゃないと。ミャンマーでは神聖な国技でり、神事でもあるため、試合中のみならず、礼節を強く求められている。そんなラウェイのリングでみな気がついていく。
そこでこれまでの自分の人生を省みてラウェイにのめり込んでいくサマが、一度ならず何度でも立ち上がるサマが、挫折を味わったことのある人全員に刺さる。何度でも立ち上がろうともがき苦しむ姿がこんなにも美しいと。自分も諦めないでまた立とうと。
「リングに上がる」つまり勝負の舞台に立つ、これは何も本当のリングではなく、慣用句としての「リングに上がる」そのリングに上がる者の覚悟、いつ覚悟を決めるのかを見ているものに突きつけてくる。
俺は覚悟を決めてリングに立っているのだろうか?覚悟をしているんだろうかと。
リングに上がること自体はそんなに覚悟しなくても上がれる。格闘技のリングに限らず、例えば弾き語りをしてみようとか、モノマネで一発世に出てやろうとか、漫才コンビ組んでやってみようとか、一人コントで頑張ってみようとか、芸事に限らず、ケーキ屋さんで働いてみようとか、それこそアルバイト初めてみようとか。そういったあらゆるリングに上がるということは、そんなに覚悟なく上がることが出来る。
しかしリングに上がって本当に戦っている人っていうのは、ある時点で覚悟を決めるんです。『この道で食っていくぞ』という覚悟を決める。その覚悟いついつ決めるの?「今でしょ」じゃないけど、覚悟をもってその覚悟を自覚してやっていくぞと
覚悟は決めてたつもりでも、いやいやそんなものは覚醒した人から見れば、まだまだお前のその覚悟は覚悟と言うには及ばない地点だよと。ただリングに上がっただけではダメだと、俺はこの道で本当にやっていくぞと覚悟を決めたその後にやってくる覚醒の時というか、この映画の中で出てくる実際の選手、金子大樹選手と、渡慶次幸平選手、他にも浜本キャット雄大選手、とか出てくるんですが、金子選手の覚悟を決める瞬間が映画でも絵が描かれていると言うか、ドキュメントなんで撮られているんですが、覚悟を決めるシーンがすごく響くんです。
それと渡慶次選手が覚醒するシーンが撮られているんですが、最初はこの渡慶次選手はなんだか喧嘩屋みたいなノリで、イっちゃってんなコイツみたいな感じなんですけど、ある瞬間を境にこの人ちょっと本当にラウェーに目覚めたというか覚醒したっていう瞬間があるんです。そこがやっぱこの映画の一番の見所でもあるし、そこに気づける気づけないとか、覚悟を自覚すると言うことを本人も含め色んな事に挑戦している、挑む人はぜひ見て欲しいなって思います。
覚悟を自覚した時に覚醒する。その瞬間がまざまざと映画で撮られているのでヒリヒリします。正直つらいかもしれないけど、それを超えたところに何があるのかを、ずっと人は探し続けているんじゃかろうか。それが人生というのかもしれない。
見た時にまだまだ自分は覚悟を決めていないなとか、覚悟を決めたつもりでもまだまだ甘いなとか、覚悟決めてるけどまだ覚醒していないなみたいなところが感じられる本当に素晴らしいドキュメンタリーです。
空手とか武士道に通じるような道が示されていて、この映画でラウェー自体を知れたことも感動した一つでもあります。人が覚醒する瞬間、覚悟を決める瞬間ってのは本当にかっこいいんで、是非何かしら挑戦しようとか、この道で食っていくぞって思ってるような事がある方は、いろんな意味で刺激を受けると思います。
セコンドに付いている方が諭すシーンがあるんですが、凄かったです。それが全てを物語っていた。金子選手にセコンドが声をかけるシーンがあるんですけど、そこは素晴らしかったですね。
それからあるラーメン屋に修行に行くというシーンがあるんですけど、リアルを超えたリアルと言うか、本当にウシジマくんの世界のような部分もあって見所十分な映画です。
3月26日より渋谷ホワイトシネクイントほかで全国順次公開「迷子になった拳」監督、今田哲史さん。
皆さん是非人が覚悟を決める瞬間と、その決めた覚悟で覚醒する瞬間をとらえたとても素晴らしいドキュメンタリー映画だったので、ボクみたいに格闘技ほぼ知らないような状態でも燃えるような、熱い思いは十分にわかりますので是非是非見て頂きたいなと思いました。

和牛の情熱大陸がすこぶる好評な訳


この前の和牛の出てた情熱大陸がすこぶる好評のようで、あちこちでスゴかったと耳にする。かく言うボクもスゴかったとスグにYouTubeで話したし。昨日のナインティナインオールナイトニッポンで岡村さんは
「俺には漫才無理やわ」
とまで言わせるほど、ストイックな姿勢に驚いていた。白鳥が水面下では足をバタバタしているってトコロが見たいのか、顔には出さないその努力が素敵なのか、うどん屋でずっと来ているのにも関わらずサインを求められず、密着のカメラが来ててやっとサインを求められたことが面白かったのか、とにかくスゴイスゴイの声。
しかしNintendo SeichのCMと情熱大陸とやっぱりあの声、窪田等さんのナレーションで言われたらどんな事をしていても仰々しく感じちゃうってのがあの番組のマジックだと思うわ。ナレーションの威力ってスゴイよなぁ。ナレーションの原稿って意外と難しくて、昔ある番組のナレーション原稿を書いてたことあったけど何度もやり直しされたもん。その番組の感じと、ナレーターの方が言いそうなこと、文法みたいなのがあって、その文法を身につければいいんだけど、なかなか大変だったなぁ。ようはそういうパブリックイメージを築き、守り、継承していくからこその番組なんだと思うわ。

シン・エヴァの感想を語ったよ


上の動画はシン・エヴァの感想なんだけど、ネタバレありなので未見の方はマジで見ないでね。まぁネタバレ気にしない人は見ても構わないんだけど。
とにかくありがとう、ま、予告なんかで出てるのであれなんだけど、終わってしまったというか、終わらせてくれた。呪縛が取れたというのか、とにかくありがとう、感謝の言葉ですわ。

バナナサンド見た?


昨日のバナナサンド見た?まだTVerにあるから見逃した方はぜひ。
ゲストに陣内くんが出てて、陣内のネタをサンドバナナマンがしてたんだけど、面白かったね。ボクは素材だけ渡してたんで、収録は見てなかったんだけど、陣内から面白かったって話は聞いてたので楽しみにしてたの。
でもね、でもですよ、面白かったのはそこだけじゃなかったんですよ!見た方ならわかると思いますが、陣内って設楽さんに憧れてたんだね。隠れ設楽ファンですよありゃ。いや〜知らなかった。高圧洗浄機とかフレグランスとか、いや〜面白かったね。

週の真ん中水曜日のダウンタウン


水曜日のダウンタウンほど、毎週楽しみにしている番組もないよね。ホント、トゥルーマンショーのような番組だよね。
前半は誰もしてないモノマネのトーナメントも面白かったね。まぁよくもあの短時間でみんな仕上げてきちゃうよね。RGとか頭剃り上げてモーリー・ロバートソンになりきっちゃってるし。声とか似てないってか似せてもないんだけど、喋り方とか、見た目だけでソックリなんだもんね。
ホントドッキリってウソがないんだよね。いやウソが無いわけじゃないんだけど、だってホントなんだもん。CMなのはホントで、檸檬堂が読めないとか、細かなウソはあるんだけど、最終的にはCMを撮影するというホントがある。途中のウソに騙されなかったらホントになるというホントドッキリ。ドッキリなのもホントなんだけど、騙されてる方も見ている方も、何がウソで何がホントかわかんなくなっちゃうから面白いんだよね。

認めたくないものだな若さゆえの過ちを


TBSの土曜の朝にやっているラジオ番組「ナイツのちゃきちゃき大放送」のゲストに佐藤可士和さんが出てました。佐藤可士和さんといえばTSUTAYAのTカードやユニクロ、セブンイレブンのコーヒーマシーンとか街のありとあらゆるものと言っていいほどデザインをされている方。見たことがない人が少ない反面、それが誰の仕事なのかは案外知られていないんだよね、同業者とか、目指している人以外には。そんな佐藤可士和さんが5月10日まで国立新美術館で個展されていてそれの告知がてらラジオにゲスト出演していた。
専門誌ではよくインタビューなんかが掲載されてたりするんだけど、こういういわゆるお茶の間向けの場所に顔を出すことはまぁ珍しいので、ラジオの内容も非常に楽しかった。
まぁ一番はずっと商業主義的でイケスカない感じだと思っていたんだけど、大きな間違いで、ただの嫉妬だったと気がついた。中で話しているんですが、ブランディングからどうしてそのデザインに至るのかというのを、ずっとヒヤリングして形にするのはいえば一瞬。それよりもヒヤリングしている時間が圧倒的に長いと。そのコミュニケーションの結晶がデザインで、当然至った経緯、プロセスというのもが反映されているから広く使われるというか、ま、愛されるよね。なんでもコミュニケーションを交わさないと、わからない、伝わらない事ばかりだね。分かっていても言えない事、書けない事、そういう一つ一つを対話して紐解いていかなくちゃいけないね、どんな業界のどんな仕事でも。それが共感を生むんだとも思うわ。

ポッドキャスト

ボクはHPの黎明期にタグ打ちで習った人なので新しいタグを知らなくて、どうやってオーディオを貼り付けるのかわかんなかったけど、貼り付けてあるHPのソースみて拝借してきたので、誰も気づいていないポッドキャストのページにあげていたものを再掲しておきますね。ちなみにポッドキャストは右のRSSのんをiTunesに持ってくと登録できるハズ!
PacMario

これはRolandのMC-808という迷機で作ったパックマンとマリオ、ハットリくんとかファミコンをイメージした曲で、松嶋菜々子さんの声をサンプリングしてるんだけど、全編MC−808で作った唯一の曲。
loop

しばらくほったらかしてた曲なんだけど、改めて聴いたらスゲ〜いい曲じゃん!ってなって、過去の自分に嫉妬したね。これはほぼGarageBandとRolandの名機MC-09だったかなで作った曲。CFカードで取り込んでたのかMIDIにしてたのか覚えがないけど、何しか出たばっかりのGarageBandとMC-09で作った名曲。
ハラセンラジオ1月1日

YouTubeでラジオをやりだしたんだけど、ポッドキャストでもあげれるじゃん!と思ったら、このサーバーの容量制限で10分入らなくてちょっとカットしてるんだけど、その後、このちょっと切る作業が面倒になって2日坊主。
ハラセンラジオ1月2日

せめて3日せぇよな。
ハラセンラジオはYouTubeを見て登録してね。下のはオイラが嫉妬した話

大体思いつくことは誰か考えているよね


子供の頃、植物が葉緑体を使って、水と光と二酸化炭素で光合成を行ってると知った時、人間にもこの葉緑体があれば働かなくてもいいんじゃないかと思ったことがある。食べるためには、稼がなくちゃいけない、稼がなくちゃいけないと言うことは働かなくちゃいけない。しかし葉緑体があれば食べなくて済む、すなわち働かなくて済むんじゃないか!ということを考えたもんだ。そんなことをフと思い出して語った動画です。

そして動画の中でも語っておりますが、この葉緑体人間というのはSFの世界ではよくある話だそうで、一つの思考実験として語られていたりもするそうな。しかしボクが考えるのは、その移植の技術的な研究はされているのかどうかということだ。昨日調べた時にはSFの思考実験のところで止まっていたが、さらに調べた結果、進化の過程でやはりそう言った動物でも葉緑体を持った生物が生まれてはいたが、生き残れなかった。光合成で作られるエネルギー量よりも、動物としての行動のエネルギーの方が膨大で、追いつかない。追いつかないから捕食なりして他からエネルギーを得なければならず、結果光合成をする意味がないとのことだった。それから人などの動物は動くことで皮膚に怪我を負うことや汚れるから皮膚は剥がれやすく新陳代謝をしなくちゃならなく、その都度葉緑体も代謝をしていたんでは生まれるエネルギー以上に、エネルギーが必要になってしまうと。やはり植物の様に動かない、もしくは非常にゆっくりな動きでないと無理な様です。
しかし、そこで諦めちゃいけない。光合成によって生まれたエネルギーを増幅する装置、器官といった方がいいのかな、増幅器官を作れば委員ではなかろうか。年々というか日々技術革新のおかげで集積回路の処理能力は上がり、消費電力は抑えられているトランジスタや、CPUが開発されていることを考えれば、増幅器官を作ることも可能ではなかろうか。
しばらくは光合成と捕食というハイブリット人間として、やがて完全葉緑体人間を作り上げることも可能じゃないかとボクは思っている。
しかし昨今の人権に関する意識の高さでそういった人体実験は許されない風潮にあるが、そういった人体実験を希望者や、囚人に課してもいいんじゃないかとボクは思っている。せめて世のため人のために、収監された囚人は人のために役立ってもいいんじゃないかと思うんだけど、やっぱり無理だろうなぁ。
ま、人体実験はさておき、この葉緑体人間プラス増幅器官、これはもっと研究されてしかるべきなんじゃなかろうか。
だって食料問題も、労働問題も全て解決するじゃんね。
検索すると出てくるバイオマス図書館
葉緑体を持った動物の話
参考文献
植物 奇跡の化学工場―光合成、菌との共生から有毒物質まで

あけましておめでとう

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あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
年末にSwitchを買ってすっかりスプラトゥーン2にハマっております。本当はダビスタをやるために買ったんだけど、あまりにもローディングの頻度と時間が長すぎて辟易してしまいますよね。
それから今年はハラセンラジオと題してVLOGというのか、まぁ音声だけでも配信しようと、やり始めました。日々のことを10分程度呟いていこうと思います。なんで始めたかは語っていますので見てね。
背景のスプラトゥーン2のプレイ動画は関係ある時と無い時とありますが、ほぼ関係ないです。

こちらが二日目

と言った感じのをできるだけ毎日やっていきますので、ヨロシクね。
あとネコまんまはいつでもどこでもいいので、見てニヤっとしてね。

400回


ネコまんまが400回を迎えました。せっかくここまで続けてるので何度ネタが被ろうが続けてみようかな、やっぱりやめようかな。ルーティンのようにネコのあるあるを考えてたので、そういう何か一つを絞り出すことって他でも活かせるよね。ここまで考えてないようで考えてるモノってと思いつつ、さすがにもうネタがねぇよと思いながら。徐々に真理に近づくんじゃないかな。ネコはかわいいってことに帰結するというか、カワイイの真理に。
考えてあげる、考えているということは非常に大切なことで、それは人間関係にも、仕事にも言えることで、どこまでもという際限は無い。ただ、考えているということは表面的にはなかなか見えてこないこともあるので、それを表現する必要はある。つまりアウトプットしておかなければ、それは考えているフリなのかもしれない。書き出すことによりそこからまた考えの及ばなかったところまで考えが及ぶようにもなる。これは本当に大事なことだな。
さて、昨日はM-1がありましたね。出ている人は当然漫才とは何だ、お笑いとは何だというのを考えに考え抜き、それでもなお考え続けている方々ばかり、そこには永遠に答えはでない。お笑いに限らず、音楽も、漫画も、映画も同様に答えは出ない。だからやりがいがあるんだとも思うし、取り憑かれてしまう恐ろしいモノだとも思うが、当の本人はそれが幸せなんだと思うし、そう生きるしかできないからしてるんだとも思う。サガですわS・A・G・A・性。
さてさて、土日の競馬でハラセン万馬券メソッドがど的中して、なかなか勝てました。競馬を続けるか、ダビスタを買うか、きっと競馬を続けてダビスタも買うだろうなとツイートしてたんですが、勝てたので、Switchダビスタを買いました。考えてみたらゲーム機ってギャンブルで勝ってしか買ってないな。しかしこのダビスタ、ローディングの頻度も多ければ時間も長い。いや本当に長いわ、頻度多いわでメゲるわ。もう少しどうにかならんのかね。