ワシも5月頃にずっと寝るときに鬼滅の刃をNetflixで見てました。寝るときに見てるから大体寝てるんだよね。で、どこまで見たかなってんで次の日また寝るときに見るからずっと1話を見てたりしたんだわ。やっとこ全部見終わるのに2ヶ月くらいかかったかな。他にも見たりしてたんで。それもこれも映画の公開前にとりあえず見ておこうと思ってたんだけど、肝心の映画見に行ってないんだわ。
で、映画が公開されて世間が大いに盛り上がってるときに、YouTubeにこのエフェクトの作り方が上がっててマネてみたんですが、ついでに自分が使えるようにしときましたわ。昔はこういった作り方なんてものは専門誌を見てはそうやって作ってんのか、これはどうしてんだろうなんて知りたいのはそんな高価な機材がいるのかなんて思ってたけど、今じゃすっかりタダで手に入るね、情報もソフトも。ただ、これはAfterEffectsなんで有料なんですけどね。AEはVer.3.1の時から使ってるんでまぁ慣れたもんなんだけど、Ver.を経るたびに追加される新機能についていけなくなったり、また勉強し直したりの繰り返しなんだけど、基本的に目に見えるモノはまぁ作れますよ。最終的には一コマづつ描きゃいいんだから。なかなか思うようにならない時はもう力技でひたすら描く。あとマスクも一コマづつ描く。
少し前に陣内のネタで心電図を作り直したのがあるんだけど、心電図が報道ステーションのオープニングみたいになるってボケがあって、こればっかりはホントに一コマづつというか、数フレームづつ描きましたね。超めんどくさかったわ。そういうめんどくさいことってのは誰もやりたがらないので率先してやってお金に変えるのがいいですよ。何も映像に限らず、人の嫌がることを率先してお金にして納得する。しかしお金にならないってこともあるからね。ボクの場合はめんどくせぇと言いながら自分をいじめるようにこれでもかとやって悦に入っちゃうんだけどね。
ってことで水の呼吸でした。今度は映画を見て煉獄さんの火の呼吸を作るか、ツシマ
の紫電一閃(これは簡単にできる)でもこさえますか。
暮れの元気なご挨拶

水道橋博士のメルマ旬報の忘年会が昨日ありました。コロナ禍ということでzoomを使ったオンライン忘年会。読者も参加できるということでたくさんのかたが参加しておりましたよ。楽しかったね。
中では今年はたくさんの書籍として発売されたことが嬉しいとの話や、あの映画、ドキュメンタリー、ノンフィクションは最終的にはNetflixで映画化を目指すべきだという話になったり、集合知によってたくさん脳に刺激をもらいました。
それと文章中の一人称”ボク”が、カタカナなのか漢字なのか、オレなのか、俺なのか、ワシと文章中の一人称問題も楽しかったな。なぜかボクもずっとボクなんだよね。
ボクの連載も月一とはいえ数えること50回を超えて、たまに返し読みをしていますが、それを書籍化するとなった場合、どうまとめればいいんだろうかと悩んでおるわけです。少し時事的な批評を含んだデザインだったり、まったく趣味に走っていたりと取り留めのない感じなので、書籍化するならということを考えつつ書いてはいるんですけど、わかりやすい切り口、一言で説明できることが伝わりやすいんですけど、そういうところでない、どうしてこのデザインに至ったのかの思考のプロセスとしての読み物、どんなモノにでもそれを作っている人の考えがあるんだぞということを書いていると思っているので、そこが一番伝えられればいいのになと。
普段生活していて考えないということほど楽(ラク)なことはない。蛇口をひねれば水が出るが、中にはオシャンなバーのトイレなんかで、どうやって水出すの?って蛇口があったりするけど、考えなくちゃいけないでしょ、非常に困るというか迷惑というか。蛇口に関して言えばもうずいぶんと昔から基本的な形が決まってて、そこを新たに便利で使いやすい形となったらなかなか考えなくちゃいけないけど、今の蛇口の形になるまでもいろんな試行錯誤があったハズ。話題になったセブンイレブンのコーヒーマシンのボタンもそうで、わかってしまえば難なく使えるけど、さすがにコンビニを利用する老若男女だれもがすぐに理解できるデザインではない結果、テプラだらけになったみたいなもんで。
人の頭の中というか、どういう思考してんだろうという興味は尽きない。有名人であればなおさら。そういった頭の中を覗き見しているようなモノが書けたらなと思っておりますが、そこに至るまでは1本道ではないわけで、そこをどう紡ぐかですね。
さて、昨日のメルマ旬報の忘年会で話題になった映画、本など覚書です。
Netflixドキュメンタリー
ジェフリー・エプスタイン
連載陣の書籍
細田 昌志
沢村忠に真空を飛ばせた男/昭和のプロモーター・野口修評伝
エムカク
明石家さんまヒストリー1 1955~1981 「明石家さんま」の誕生 (明石家さんまヒストリー 1 1955~1981)
映画
無頼
読者からのオススメ
魔女がいっぱい
ボクが見たと言ってタイトルを忘れてた映画
私は光をにぎっている
音楽
Netflixで今年見てた映画
日本のいちばん長い日
WWII最前線: カラーで甦る第二次世界大戦
キース・リチャーズ: アンダー・ザ・インフルエンス
PS.写真は久しぶりにピックを発注したのでたんまりあるよ!(100枚)
だからテレビは!
このタイトルからすると、「だからテレビはダメなんだ!」と続きそうですが、書きたいことは真逆なんです。だからテレビがいいんじゃないのと。
昔テレビから無作為に流れると言っても、制作している人が無作為に作っているわけではなく、こちらの想像の及ばないところから投げかけて来たんだろうとは思うし、こちらにとっては無作為に見えるモノがよく流れていた。そんな中見た、聴いたLed ZeppelinのGood Times Bad Times
これに衝撃を受けたのは中学生の時だった。こんなロックンロールがあるのかと!
ところで今読んでいる本が、原田マハさんの『ゴッホのあしあと
』なんですが、この本、『たゆたえども沈まず
』の副読本的な内容で、たゆたえども沈まずは読んでいないので、ありゃりゃやっちまったなと思いながらも、小説を書くにあたりパリからアルル、サン=レミ、オーヴェル=シュル=オワーズとそのゴッホの軌跡を辿りどういう心情だったのかを確かめつつ巡っている模様が書かれている。順番が前後するけど、『たゆたえども沈まず』も読むことになるだろうね。で、この原田マハさんを知ったのは書店で目に入って来た『あなたは、誰かの大切な人
』が最初だった。書店で特にこの本を探す目的ではなく、なんとなく目に入ってきて気になって買ったらアタリだった。
テレビや書店、ラジオもそうだけど、目的じゃないものが飛び込んでくる。しかしネットの世界、webやSNSは検索しなければ飛び込んでこない。ニュースやまとめサイトなんかでは飛び込んでくることもあるが、基本的に検索しないと出てこない。こちら側が能動的になって初めて周りが動き出す。しかしその動き出した世界は関連するものばかりで突拍子も無いものはオススメされない。Amazonなんかで、あるアーティストを検索してCDを買うと、関連商品として同じアーティストの別の作品を薦めてきたり、タイトルが似たものをオススメされる。なんだったら持っているものをまた薦められたり。そこに突拍子はない。SNSでも同じ趣味趣向のフォロワーばかりになってしまっては、その考えは無かったは!というような突拍子もないモノにはなかなか出会えない。
だからテレビはスゴイ。考えの及ばないところから、なんだったら見たくも聞きたくも無い情報までも流れてくる。ネットの世界ではいくらAIが発達しようとも、突拍子のないモノはオススメされない。ネコの動画ばかり見てて、関連動画にバイクの動画は上がってこない。ギターの動画ばかり見ててもベースやドラムの動画は上がって来づらい。しかしギターの動画だけでなく、ベースやドラムのリズム隊の動画を流しながらリフの練習をするということまで考えが及んでいないのだ。ヒドイのは保阪正康さんの動画を探して見てたら、広告がビジネス右翼の広告ばかり流れるようになったり。真逆だろ!と。しかしYouTubeの広告はヒドイのが多いけど、広告の審査してんのかな。詐欺くさいサプリの広告とかダイエット系とかビジネス右翼ものとか。Amazonなんかはそんな同じものたくさんいらないよというモノをオススメしてくるし。
でだ、上記の動画、もうすぐ400本を迎えるが、総再生数は500回くらいなもんです。誰にもどこにも需要がない、そこがいいんじゃないの。ゴッホじゃないけれど生前理解されず、死後売れたなんてこれはさすがにならんだろうが、そういう無駄が心の余裕に繋がるんだとボクは思っている。そもそもデザインってなくてもいいのに存在するのは、その無駄を愛でる心の余裕のキャパシティの表れだとも思っているから。
面白くなってきた
たまにYouTube にフリー素材のCGをアップしてるんですが、他の動画に比べて当然需要があるわけで、そればっかりをしてたら収益化も夢じゃねぇんじゃね?とは思いつつ、なかなかその素材のネタって何がいいのかチンプンなんですよ。で、仕事で使ったモノを素材として使えるように手を加えるのが手っ取り早いんじゃないかってことで、昭和のCGっぽい飛行機の素材です。年末にはどこかのテレビでお目見えするハズですのでお楽しみに〜。
しかしとんと見なくなってしまったねこういうCG。黎明期のCGの具合というか、質感というか、好きなんですよ。レトロCGとでも呼びましょうか。ニュースの再現CGも個人的にすごいスキだったんだけど、アプリ出ちゃったからもう気付かれたかと思ちゃったけど、あぁいう質感好きだなぁ。
ついでに素材の中で一番再生数のあるFinの羽ペンで書くやつのバリエーションを増やしてTo be continuedを追加しておきましたよ。ぜひ続きもんを作ってる方は最後に使ってやって下さいな。もちろんチャンネル登録をお忘れずに!
で一つこういうの作ると次は何したろかなと考えだすともう面白くなってきちゃってダメなんですよ、そればっかりになちゃって。いや別にダメではないか。でもそれしか考えたくなくなっちゃうからダメなんですよ。レトロなCGってどんなのあったかなぁ。神殿にウォークスルーで入ってく感じのヤツとか、今だったらドローン目線というか。あるじゃないあぁいうの。Blenderの勉強がてらこさえようかしら。まだまだ慣れないのでLightWave3Dで作ってるんだよねぇ。でもBlender
の方が今風なの作れそうなんだよねぇ。でも作りたいのはレトロCGなんだけど。ギャフン!
なぜこれほどGHOST OF TSUSHIMAに魅了されるのか

このGHOST OF TSUSHIMAというゲーム、今年の7月に発売になったんですが、ボクはその発売される前にお店のモニターでトレイラーに見とれてて、これ出たら欲しいなぁと思いつつ、かれこれゲームから離れて久しかった。実際にはモンハン
からずいぶん空いてMORTAL KOMBAT11
に帰って来て、サターン
とかドリキャス
とか今ではレトロゲームに分類されてしまう、ボクの青春をやったりしてたんですが、暇になったんでってわけでもなく、ただただ立て込んでる時につい買ってしまったんです。えぇいこうなったら買ってやる!と。そしたらこれ、寝る間も惜しむほどドハマリしてしまいましてね、発売されて3ヶ月たとうかという時期に。当初はストーリーモードだけだったのが、10月くらいに大幅アップデートにより、マルチで挑めるモード、冥人奇譚というモードが実装されたんです。それでまた火がついているようなんですが、ボクはチマチマストーリーをやってたんです。
しかし久しぶりの本格的なゲームで操作もおぼつかなければ、なんつっても説明書がないんですよ今のゲーム。昔は説明書みながらコマンド確認したりしてたのに、今じゃ全部画面の中で、動画で説明されたり、ストーリー進めながらだんだん操作を覚えるようにしてるんだけど、右も左もわからないまま言われるがまま進めてると身につかないですよね。で、しばらくたってから気づくというか。なんだそうやって使うのかよって。そんなこんなで何度もやられながら少しずつ動かせるようになってストーリーを終えるくらいの時に手を出したんですよ、冥人奇譚。しかしこれが本編とは別ゲームで、若干操作も違うので、最初全くできずに挫折してたのと、こんなキビシイゲームなのかよ!とくじけてもいたんです。それでもチマチマやってたらなんとか動けるようになって、誰でも何度もやればできるようになるんだなと感じましたね。ま、最初からできる人なんてどの世界にもいないわけで、誰でも最初は初心者なんだからと痛感しましたね。
そんなこんなでやっとこ冥人奇譚も1人でそこそこできるようになったので、そろそろオンラインの世界に飛び出そうかなぁ。でも下手すぎて迷惑かけるのヤだから出れないなぁってことでまたソロでやるんだろうな。でも大禍はしてみたいなぁ。
さて、そんなツシマですが、先週はTBSのニュースで、先々週は世界ふしぎ発見で特集されるほど、TBSも注目しているゲームなんですが、なんでもこのゲームが出て、対馬への観光客、若い人が増えてるんですってよ。本当によくできたゲームなのは当然として、対馬愛に溢れているのがよくわかる。しかもこれぞツシマだという対馬の特徴が随所に散りばめられているから、そりゃゲームしたら実際に対馬におとづれてみたくなるってもんですよ。ふしぎ発見ではその聖地巡礼も兼ねて色々絶景を見せてくれてましたね。
抜かりがないというか、リスペクトがそこにあるのかどうか、これぐらいでいいだろってのが無いんですよね、だから愛されるし、その舞台となった対馬へ行ってみたくなるんだと思うし、このげーむから室町時代の歴史をまた勉強したり、少し不思議な神話に胸を踊らせたり、キツネを追いかけたりしちゃいますよね。
なんでもリスペクト、愛があるかどうか、手抜きをしていないかどうか、妥協することも大事だけど、妥協と手抜きは別物で、妥協があっても手抜きがあっちゃなりませんなと痛感したでありますよ。
結論:妥協はしても手を抜くな。ですな。
また水道橋博士のメルマ旬報では2号にわかりツシマ愛を語っておりますので、ぜひ!
デザインはコチラ。
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東スポは予言の書

YouTubeで『ハラセン式万馬券メソッド』というのをこっそりやっているんですが、的中率はまぁ低いんですが、回収率は100%を超えているんです。ホームランバッターのように、当たればデカイ。まぁ基本的に穴党なので、穴狙いなんですが、上の10万馬券証明書は今年の宝塚記念のもの。

そしてこちらは東京新聞杯のこれまた10万馬券。

そしてこちらが先日の秋華賞。しかもこの秋華賞からこれまでのメソッドに付け加え、タイトル通りの『東スポは予言の書』を用いた途端に秋華賞を的中しました。詳しくはハラセン式万馬券メソッドで語っていますが、いかんせん再生数も伸びないし、毎日ネコのアニメ動画やたまにゲームの動画など、他の動画にうもれてしまうので、更新頻度の低いブログにそのメソッドの一部を紹介したいと思います。
そもそもハラセン式万馬券メソッドとは
JRAのホームページに今週の注目レースという枠で、紹介されているページがあるのですが、基本的にGⅠやGⅡ、GⅢなどのグレードレースばかりなんですが、過去の傾向からこういう馬が来そうですよというのが書かれております。単勝人気別であったり、枠順であったり、そのレース毎に傾向がかかれております。その傾向を加味しつつ、競馬新聞というか僕の場合は予言の書、東スポの競馬欄に赤をいれていきます。そしてその東スポの過去掘れ辞典も参考にさらに赤を足します。(基本的にJRAのデータ分析とあまり変わりませんが)そして最重要チェックポイントはなんといっても東スポの好調教馬の3頭。これがホントによく当たるのでここだけチェックするだけでも東スポの元は取れちゃう。
それから秋華賞からというか本当はその前日の土曜日から導入していたんですが、もう一つ東スポから読み解いたメソッドを追加したんです。それは各調教師や助手の声、それに記者の調教の短評。これを勝った馬たちのことをどう書いていたのかを、結果が出てからあとから検証してみたんです。そうすること2ヶ月分である傾向が見えてきたんです。この言葉が書かれている馬はほぼ馬券にからむぞというのが。ここでそれらを箇条書きにしてもいいんですが、毎週毎週追加されるので、データは鮮度が一番ですので、詳しくはハラセン式万馬券メソッドで語っていますので、ぜひぜひ皆んさん土曜、日曜のお昼までには更新していますので、ツイートを確認したり、チャンネル登録してぜひ見てね。概要欄には買目も書いてますが、参考にしていただければと思います。
ハラセン式万馬券メソッド
ボクにはNetflixがある
Netflixに加入して1年以上経つんだけど、一人勝ちじゃねぇ?ってくらい良質なコンテンツが有るよね。最初はTVBros.の仕事で紹介文を書くために見てたのが多かったけど、当然無料期間に。しかし最初にとりかかったのがあのブラックミラー・バンダースナッチだったからそりゃ虜になるわな。まだ観てない人ホント観て欲しい。昔あったアドベンチャーブックのドラマ版、ゲームでもあったシナリオ分岐していくやつなんだけど、それがテレビドラマとして何の違和感もなく何通りものストーリーになっててスゴイんですよ。
で、そんなこんなで最近観てすごくよかったのは『日本のいちばん長い日』これは1967年版と2015年版とあるんだけど、どっちもいい。終戦の玉音放送がされるまでの1日を描いたものなんだけど、本当に面白い。あまりにもスゴイ話なんで今原作の小説というか伝記を読んでるほど。畑中の気持ちもわからないでもないが、やっぱり阿南陸相が立派だよ。あと鈴木首相。ズルイけど、よくぞ踏み切った。最後はなんといっても昭和天皇が本当に素晴らしい。2015年版はモックんだよ。
で、その流れでWWⅡ最前線 カラーでよみがえる第二次世界大戦がこれがホントいスゴイ。当時の映像をカラーで蘇らせてるんだけど、リアルだよね。どこまで都合のいいように編集されてるかってのはつきまとう問題では有るけれど、そこまで捻じ曲げられた作りにはなっていない、史実に基づいたドキュメンタリーになってると思うけど、そこはあっち側、こっち側の意見で色々あるかもだけど、とにかくすごく勉強になる。中でヒットラーがわざと負けにいって戦争を早く終わらせたんじゃないかということが語られてるけど、そうだったのかもしれないし、ただその当時は薬で狂っててまともな判断ができなかったともいわれてて、判断は難しいけど、それで英雄視したり、してきたことを肯定してはダメだよね。
で、今日もNetflixを立ち上げたら、なんとあの『太陽を盗んだ男』が配信されてるじゃないの!あのジュリーのあの映画。これを見たいがために池袋の文芸坐へ行ったほど。細部までしがめるかと思うと楽しみでならんよね。
どこに付箋したの?

石戸諭著ルポ 百田尚樹現象: 愛国ポピュリズムの現在地
少し前に読み終わったんですが、たくさん付箋をしたので、どこの何に引っかかってこんなに付箋をしたのかを書き留めておこうと思います。
第一部 2019 モンスターの現在地
第一章 ヒーローかぺてん師か p25より
たかじんの長女と元マネージャーの男性から名誉毀損で訴えられ、いずれも敗訴している。後者の裁判では14カ所で名誉毀損が認められ、元マネージャーに対しては、一切の取材がなかったことが認定された。対立する相手への取材をせず、一方の言い分だけをもとにして「事実」であるかのように描くことは、ノンフィクションの世界では許されない。
第一部 2019 モンスターの現在地
第二章 彼らたちの0 p85より
犬はほえる、がキャラバンは進むー。有名な言葉になぞらえれば、見城の心境はこんなことだろう。
第一部 2019 モンスターの現在地
第二章 彼らたちの0 p89より
見城と百田を強固に結びつけているのは、右派的イデオロギーの共有ではない。「面白いもの」を大衆=マスに届けようとする意思である。彼らはどこまでも買ってくれる読者を信じている。
第一部 2019 モンスターの現在地
第三章 敵を知れ p92より
この手の源流は戦後を代表する文芸評論家・江藤淳にある。江藤が雑誌「諸君!」の連載を軸に記した『閉ざされた言語空間 占領軍の検閲と戦後日本』(文春文庫、94年)がWGIPの嚆矢だ。彼はその本の中でWGIPに「戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画」という訳語を与えた。最初の書籍が出たのは平成元年とある。平成の幕開けと同時に出た江藤の論は以降、今の百田に至るまで右派言論界に決定的な影響を与え、多くの論考で「現在の日本人の歴史観はGHQによる洗脳工作によって作られた」論の証拠として当然のように語られる。
第一部 2019 モンスターの現在地
第三章 敵を知れ p94より
「90年代に『自虐史観』という言葉が広がってから、WGIPも広がるようになりました、ですが、占領期の多くの史料を見るとそもそもWGIPという言葉は、GHQの一文書にしか使われていないものです」
右派論壇の中でおなじみのWGIPという言葉自体、実はGHQ内部で積極的に使われたものではなかったというのは驚きである。歴史学では、一つの史料だけに依拠せずさまざまな史料を付き合わせて、矛盾はないか、正当な記述と言えるのかどうかを徹底的に検証する。イデオロギーではなく、実証的に歴史を捉えるためのプロセスだ。
賀茂への取材でわかったのは、右派が「洗脳説」の根拠とする文書は1948年2月に出されたもので、日本人に東條英機を賛美する動きがあることを理由に「新たな施策を行うべきだ」という勧告にすぎないものだった。さらに、彼女が解き明かした最も重要なポイントは「勧告に沿った施策は大半が実行されなかった」ことだ。
実行していない政策の影響力というのは評価のしようがない。当時、GHQの担当者たちが重視していたことの一つが、日本軍による連合軍の捕虜虐待や、フィリピン・マニラで行なった虐殺行為を知らせることだった。「日本人は戦時のルールを逸脱する卑怯な戦争をした。GHQはそれを周知させようとしていた」と賀茂はいう。
第一部 2019 モンスターの現在地
第三章 敵を知れ p96より
歴史の中で、忘れ去られたマニラでの虐殺行為を誰よりも重視していたのは、「平成の天皇」、今の上皇だろう。16年1月26日、フィリピン出発時に発表した「おことば」で明確に触れている。
第一部 2019 モンスターの現在地
第三章 敵を知れ p97より
日本軍が「戦時のルールを逸脱していた」という論点で語られる記事や番組がどれだけあるだろうか。「WGIP洗脳説」は百歩譲って「物語」としては面白いのかもしれないが、歴史的な事実と断じるにはあまりにも根拠が薄過ぎることがわかるだろう。
と、まだ第一部の途中ですが、根拠の薄い、しかも都合のいい解釈でもってファクト(事実)を無視してフィクション(物語)にしてしまう、面白い物語として事実であるかのように伝える。この事こそがノンフィクションを冒涜しているという事に、気づいているのかいないのか、知っててやってる確信犯なのか。売れるからいいというだけでは許されない事だとボクは思います。
と、全部書き出そうと思ったけど、ほぼ全てに付箋してんじゃねぇかって感じなので、ぜひ読んでいただければと。第二章がスゴイ面白い事になってます。そしてこれを読んで『自虐史観』という言葉を知り、日本の近現代史の本を読んでいるときにNetflixで『日本のいちばん長い日』(1967年版・2015年版両方)を見て、いよいよ近現代史が面白い。この映画が公開された時も賛否があったようですが、東條英機や畑中健二を英雄視してしまう気持ちもわからなくもないですが、大前提として侵略戦争であった。そういった大前提、前提を無視した発言や思考は間違っているというか、入り口間違えてるよねって思います。そういった入り口を間違えちゃってる人に、ちゃんと入り口を示さないと出口は見えないんじゃないかなぁ。
誰にも見つからず100回更新記念!

センセーショナルな事は何一つない。ただただ日常の、ほんの些細な出来事に心ときめく、そんなネコとボクとの抒情詩です。
またこのネット社会で検索の網の目をくぐり、誰にも見つからずに上げ続ける実験でもあるのであ〜る。
YouTubeにこっそりではないんだけど、一応全世界、70億人に向けて発信してるんだけれど、ほぼ誰もみていない動画をコツコツ100回あげたのね。それを記念して、「ねこまんま」のPDFファイルをこさえたのでぜひ皆さんに手にとっていただきたいと思って、これまたこっそりアップしておきますね。
お手持ちのデバイスでいつでも手軽に読めるようになってますし、PDFの利点を活かしてYouTubeのリンクも貼られていますので、ぜひ見てね。
ねこまんま100回記念PDFファイル
なんでもない、どうでもいいことを100個言うのってなかなかできることじゃ無いよね。だって見返したら同じこと言ってるのいくつかあったもん。パソコンにすぐ乗るとか。
もう一つ伝えたいのは、最初のラッキーナンバーはサイコロでガチでサイコロ振った出た目をラッキーナンバーにしてたんだけど、回数を重ねると平均して出目が同じになるだろうと思って始めてたんだけど、統計学上、この平均をとるには相当数回さないといけないので、めんどくさくなってヤメて、じゃつってラッキーナンバーを曲にしちゃえと聴いてて欲しい曲を連ねるようにしております。PDFにはそれが書かれておりませんが、ネコの行動と曲とが何かしらの因果関係にあったりなかったりもしますので、フフフとほくそ笑んでいただければと思ってはいるんですが、何の説明もなく流れていただけでは誰も気づかないよね。だって読解力のない世界なんでしょ。行間が読めないんでしょ。手取り足取り説明しないとわかんないんでしょ。
それから再生回数の少ないのは、このなんでもググる検索の世界に対してのアンチテーゼというのか、そういう検索の目をかいくぐるコンテンツってのがこれからくるんじゃないかと思っているんです。誰にも探せない開かれたコンテンツ。鍵もかけていないのに誰にも見つからない、秋の落ち葉のようなコンテンツ。そこにあるのに、気にならない、ほぼ誰も目を留めないコンテンツ。まるで野良猫のような。
そういうメディアアートだと言い訳をして自分を慰めております。少し早いクリスマスプレゼントです。
これを書いている時点では未公開の映像のリンクもあるので好きな方はぜひ。
大切なことなのでもう1度
ねこまんま100回記念PDFファイル
PS.動画にはネコの写真もふんだんに使われてるよ!
偶然なのか必然なのか、出会ってしまうフ・シ・ギ


なんども話したり、ここで書いたりもしていますが、まだ元号が平成だった頃、清志郎さんに会うことができました。ちょうど各地のFM局をキャンペーンで回っている時に、当時baseよしもとという劇場で(現在はNMB劇場)お世話になってて、その前にYES FMがあり、そこへくるという情報を聞きつけ、どうしても会いたかったので、普段そんなことはしないんですが、ここぞとばかりにコネをコネクリ回して、根回しをして会うことに成功したのです。その時に、たくさんサインをもらったり、写真を撮ったりさせてもらい、自分で作ってたTシャツをプレゼントしたんです。後日、、広島のキャンペーンの時に来ていたよという風の噂は耳にしておりましたが、今ほどネットが普及しておらず、ツイッターもなければSNSといえばミクシーくらいの時代です。メールソフトはポストペットというあの時代ですから、スグに報告や、チクリの類が席巻する事はなく、何となく誰かが言ってた、掲示板に書き込まれていた記憶だったんですが、それでも本当に嬉しかった。
それから随分と経って、もう清志郎さんは亡くなられた後に、『風とロック』のCD付きが配布されるとのことでもらいに言った帰りに寄ったタワーレコード渋谷にて、清志郎さんの衣装をみて、そこに置かれていたTVBros.
の連載をまとめたムックを見つけたので買ったんです。それまで熱烈に追いかけるということもなく、新譜が出れば買う程度だったので、当然TVBros.の連載も追ってはいなかったので、知り得ませんでしたが、なんとそこに載ってたポラロイドに、「秋の十字架
レコーディング快調につき」と載ってて、震えてしょうがなかったです。着てくれていたという事実が、写真で残っていたこともそうですが、着ていてたことがわかっただけでも本当に嬉しかった。

そして、今日「甲州街道はもう秋なのさ」な気分で、(まぁ強烈な台風がきていますが)ここ最近毎日ネコのアニメといってもほぼ動かない日常をただただ綴っている、YouTubeがありまして、そこに当初はデタラメな占いあったらオモシロいかなと思って、ラッキーNo.をサイコロふって載っけてたんだけど、それも何も反応ないから、最近になってラッキーナンバーはボクの好きな曲を紹介していこうとやりだしてたんです。概要欄には少しだけ紹介記事も書いて。いつも思いつきで、どの曲紹介しようかなと適当に選んでるんですが、たまたま今日のラッキーナンバーは秋だしまだ、清志郎さんの曲かけてなかったなと思って「甲州街道はもう秋なのさ
」にしたんです。で、ブラウザからだと重くて開くの面倒なんでほとんど見なくなったFacebookをiPhoneのアプリで何となく立ち上げたら、参加してるグループに清志郎さんのふぁん俱楽部があって、そこに報告されたて動画になんと、秋の十字架のレコーディングから、マジカでミルスターツアーの動画があって、なんとなく見た瞬間にわぁ〜!って声をあげちゃった。だって、プレゼントしたNEXUS6のTシャツきてレコーディングしてるんだもん!ポラロイドが残ってただけでも嬉しいのに、レコーディング風景まで残ってるなんて!ってか、秋の十字架はあのTシャツ着てる歌声なんだってのもなんだかたまらなく嬉しいし。いや〜生きててよかった。ホントに、何があるかわかんないね。
オススメナンバーを選んだのも偶然だけど、動画を見たのも偶然だけど、その動画で清志郎さんが着てた姿が残ってたのも、全部偶然なんだけど、これはもう必然でしかないよ。人の引力というか、それは片方だけの問題じゃなくて、お互い惹かれ会うというか、引き合う、引き合ってしまう、そうとすら思えないフ・シ・ギなことが起こるし、あるから、好きなモノは好き、好きな人は好きと言い続けることだよ。きっとこの先もまだ気づいていなかったステキな出来事に出会えるハズだから、スキスキスキスキいうべきだわ。
これが今日の動画
https://youtu.be/j_Z1t1pV_IY
これは1日2000文字書いて新書がだしたいと思ってたときに100日連続で書いてたブログの記事で、TVBros.で載ってたんだと気づいた時の。
http://hara1000.com/weblog/2015/01/post-1644.html
これは清志郎さんに会った時の。
http://www.hara1000.com/kamisama.html
そして自分で着てるTシャツの画像(これしかなかったんかい!)
http://www.hara1000.com/kimkura.html

